ペスト と 新型コロナ

人類史を診る視点として、疫病との闘いの歴史こそ、まさに壮絶です。

現今、我々がその渦中にいるゆえ、その実感も切実となっています。
その中で最も忌む記憶は、1347年~の中世ヨーロッパで大流行した、ペスト(別称:黒死病)でしょう。

当時、この疫病で1億人が死んだ、と言われており、目に見えて人口が減って行った訳です。
皮下の内出血の広がりが、全身を黒色に変える、という症状から”黒死”となっています。
人間生活から見れば、眼前で無差別に死んでゆく様に直面する訳ですから、恐ろしい限りです。
動物に寄生する ノミ が原因とされ、更にその元凶は、人類初のボーダレス国家(元)のモンゴルが持ち込んだとの定説があります。

世界帝国「元」のエネルギーは、交易そのものゆえ、ボーダレスの功罪が今まさに身に積まされています。
その当時の様相をフランスの小説家 カミユ(ノーベル文学賞)が、1947年に書いており、当時もベストセラーになっています。

奇しくも現在の日本でその本「ペスト:新潮社」が売れているという時事。
恐らくその意味は、歴史に学ぶ、という精神の現れでありましょう。
こういった知の動きは、大いに歓迎するモノだと感じますし、我々はそこを本格的に体現しようとする意図があります。
ここから言えることは、2つあるのではないでしょうか。

1つは、この疫病(感染症)の人類的経験が医学発展の最大の起爆剤になったということ。
(➡ペスト菌発見の功績は、日本人の北里柴三郎)

2つは、ヒトの身体性を問う最底辺で最重要な側面は、この感染への抵抗性としての免疫力であり、その条件作りの衛生管理であるということ。
これこそ世に言う コンディショニング の基盤であることはもはや疑えないと思います。

今だからこそ、痛感するのですが、流行下にないときには軽視しがちです。
ヒトが自然環境で健康に生活し、能力を存分に発揮するとはどういうことなのか、コロナに恐れながらも脚下照顧の知見にしたいと思います。

ちなみにその視点で長じている集団が、軍隊です。
考えてみれば当然ですが、「ヒトを最大限機能させるプロフェッショナル」こそ、彼らなのです。
兵站の基本は、衛生と内臓、となっています。決して、筋骨ではないという事実、これも領域を越えたからこそ見えてくる 隣の芝生 でしょう。
CAが軍隊研究にも重きを置いている意味がここにも存在します。

カミユを出したついでに、彼の名言をひとつご紹介します。

『理論は、感情の傾斜に過ぎない。』

この解説は次回に致します。

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