「言語化」と身体表現力

 飛ぶ鳥を落とす勢いのキーワードであります。特に、”パフォーマンス”なる成果を問われる、ビジネス・スポーツ界では、その始原となるメタフィジカル能力として、個人に組織に認識/運用され始めています。これはそのまま、『認識と言語』という、記号化されたAI時代を裏切るような側面への介入必要性を含んでおり、その矛盾に苦笑いを隠せない衝動を覚えます。また我々日本人の場合、”日本語”という難解かつ重層性ある構造を持つ文化により、独特の世界観を形成するため、言語化行為の意味はより深く、確かな効力を持つと言えるとも思います。その恩恵は、「漢字:中華の漢帝国時代に創られた象形文字」に負っていること、想い帰すには最高の機会です。

 しかし、いざ原点を視れば、動物性の象徴”身体”の対極を成す、人間性の象徴”言語”が正当な定位ですから、油と水のような関係性を想像させます。果たして相互に交流・連関はあるのでしょうか?この辺りは、哲学と科学の頂点に来るテーマですから、解けないパズルではあり続けていますが、現今の脳科学で先頭を走る”MRI”画像に於いて、大脳基底核以下領域までのシナプス浸透が確認されたことは、エビデンス時代の一つの材料になると思います。いわゆる、意識と無意識/体性神経と自律神経を橋渡しする実態、と言えるでしょう。総じれば、この双方の融合こそが『人間』を説明することに直結するのです。

 言語化能力に関して、一般に扱われている用語を並べてみます。

 抽象化 思考力 ロジカルシンキング 語彙力 伝達・表現力 わざ言語 オノマトペ アファーメーション 認識

 中でも、今回のテーマに関わるのは、わざ言語・オノマトペであります。これらは、指導者ー運動学習者の間での促発、運動学習者個人での創発、に際し、学習課題の共有や運動メロディー把握に有効であることは疑いないと思います。故に、指導者としての感性を磨くに当たっての表現力、学習者としての習得過程における身体知の抽象化、はコーチングの大事なポイントになる筈です。ここで深めたいことは、言語現象の実態です。そこでは、音から始まり、流れを創り、形を持ち、意味を拡げ、意識を覚醒させ、認識を共有する、といった姿が露わになります。この実態から言えることは、音と人間/精神分析と言語/意識と量子脳、といった3つの領域から迫る、せめてもの必要性と、上記したところの橋渡し解明への道筋です。そこでは、生得性は認めつつの、ふんだんなる学習可能性が現れて来ます。

 身体表現力の向上を願い、かつ磨くにあたって、言語感性は必須と言えるでしょう!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

15 − ten =