ロシア精神の源

 オリンピックを始めとした、戦後の国際スポーツ史には欠かせない、ロシア/ソ連であります。特には、共産主義国家の体を成して後、その競技力の目覚ましい発展ぶり?は記憶に新しいことです。共産主義の勢いは周辺国家群を吸収しながら、広大な赤い地域を形成しつつ、長く続く自由主義圏との冷戦時代へと突入して行きました。その広まりの中で、ソ連を後追い・模倣する国家は、共に国策としての体育・スポーツを重要視しており、東独・中国などは、その最右翼と視えています。以降、オリンピックは、正に疑似戦争の場となったのです。今でこそ、世界規模の最大スポーツビジネスショーの意味合いが強いですが、もう一つの”国力アピールの場”としての役割も、変わらず大きいと言えるでしょう。

 日本などは、自由主義国家/戦後復興という条件下で迎えた1964年東京オリンピックでありましたから、その盛会へ向けて、隣のソ連・共産主義方式を随分輸入した足跡が残っています。これこそ、唯物論の一つの現れとも言えると思います。スポーツを科学する…といった風潮が巻き起こったのは、この時期からであり、その筆頭こそは、猪飼道夫先生でありました。

 ロシアに戻ります。2020東京でのロシア勢が”ロシアオリンピック委員会”なる名称で出場していたことは、皆さんご存知だと思います。この事情をここで詳しく書くこともないでしょうが、肝を抜いて言うならば、「プーチンのスターリン回帰」そのままであります。いわゆる、国民身体への関与をスターリン方式に戻そうという意図であり、恐らく、プーチン大統領自身、その気満々の筈です。事実、GTO(:ソ連邦の労働と防衛に備えて)を2014年に復活させています。一見、忌み嫌われる独裁制ではありますが、1547年イワン雷帝によるロシア帝国建国よりこの方、この体制が唯一ロシアを統治する手法であり続けています。”肌に合う”とは、本当にこういう事を指すのかもしれません。1991年にソ連崩壊となりましたが、これ自体は、肥大化の限界ゆえであります。

 近代スポーツと、その科学化勃興の一時代を創ったロシア(ソ連)を識るには、やはり歴史把握は中心になりますが、ここでは中でも最重要因子を抽出しようと思います。それこそは、「back to greek:ギリシャへ返れ」なのであります。この志向は、ヨーロッパ大陸民族の共通の精神ですが、ロシア人にとっても切実なる出自確保の行為なのです。その真骨頂は、国教としてのギリシャ正教(キリスト教)/1472年ビザンツ帝国の妃(ソフィア・パレオロゴス)とイワン3世との結婚、に如実に現れています。ギリシャ文明への想いは、そのまま身体文化までをも傾倒させることとなり、グレコローマンスタイルに代表されるレスリングや、美しいカラダを目指す体操、オペラの前座であったバレエダンス等を輸入・模写することに繋がっています。近代の一部を取り出せば、パブロフと唯物論が主役に挙げられますが、実は、矛盾するような唯神(心)論が最底辺を構成している実態が視えています。

 ロシア(ソ連)のスポーツトレーニング理論の裏に、ギリシャ正教あり!

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