ヒューマニエンス「”舌”変幻自在の開拓者」を視て
What is human?(:人間らしさ とは何か?)
この言葉に魅せられた者から診て、急所を突いて来るようなテーマが続いていますので、今回も視聴による感想を書こうと思います。毎度のセリフではありますが、情報技術による社会の席巻が引き起こす”人間疎外”と、宇宙開発が導き出す地球生物観の狭間の中での、生々しいヒト現象の解析こそ、現代の意義ある知的営為なのではないでしょうか。しかしまた、対象が限りない複雑性をもつヒトでありますから、自然、解析眼も多様で対峙せざるを得ない訳であります。事実、昨今の注目研究の多くは、「学際性」が唯一キーワードになっているように映ります。この番組も、比較的豊富な視点で迫ろうとする意図が診られることが取り上げる動機になっています。
今回のテーマは、「舌」であります。この器官にまつわっても、重層なる進化史に支えられた足跡と、人間らしさの象徴と出来る機能性が混在する、正に不可思議かつ不可欠なる中心選手と言えると感じています。日常を想えば、食における無自覚化した味覚器官、専門職性で云う”歌手・役者・アナウンサー・ST(言語聴覚士)”の場、くらいの御出ましと思いきや、それを優に上回る働きを視ることになるでしょう。以下に、自身が押さえたポイントを紹介します。
子)舌の発生由来史
この事については、「舌は第三の手」の一文に全てが含意されています。胚からの系統発生を診ると、その出自は体節(:体壁)由来であり、先達は”鰓”であったことを踏まえると、進化に於ける呼吸・食餌双方の機構転換劇をそのまま表象する場なのです。いわゆる、流し込みから獲得へ、という大革命でありました。それはそのまま運動性に変わり、接近 追跡 逃避という生への基本動機が体現されます。ここで、最も書かなければならないことは、「手足の兄弟」ということです。発生のことは上記しましたが、舌の組成が逞しい横紋筋であり、知覚器であり運動器である様は、陸生脊椎動物の運動器を代表する四肢と同義で捉えることが出来る姿なのです。この視点で診たときに、大いなるヒントが浮かび上がることは自明ではないでしょうか。
丑)人類の舌
「舌」と言っても、それのみを取り出せないのが進化であり、生体であります。その意味で診れば、自在なる舌を得るには、立位の完成/額含めた頭頸部形態の変形/声帯の形成による発声と口腔構音/言語の発生と脳発達/呼吸と食との別離等、との連動進化が、人類特有の舌(:ぜつ)を成立させています。そしてこれらを引き起こすエネルギーこそ、環境性という母になるのです。自身が注意したいポイントは、”舌の運動性”であります。これほどの自由度を持つ生物は当然におらず、捕獲器から咀嚼器への転換・超絶なる構音性を創る基盤となっています。また、可能にする筋力と巧緻性は正に四肢と同様なる訳です。決して飛躍ではない事実を申せば、「声楽家はスポーツマンである!」と言った音楽家の言葉の意味が、比喩を越え、生物学上で確認されるという事態に至ります。
寅)食という趣向快楽
舌の話で欠かせないのは、機能から趣向に昇華した食性についてです。やや流して言えば、手の自由度が火による食材加工を可能にし、消化吸収への負荷低減と余剰時間を創ったことが、強いトリガーになり、”甘さと満腹”を中心とした快楽対象に繋がっていったと言われています。この欲は、三大欲求を構成し生への根源動機となっていることは、ヒトらしさの中でも、深奥に来る実態です。また、食が一大文化となり”総合芸術”と言われる昨今であります。日本食はその世界的メッカに定位されており、物産や精神性と同様、日本文化の象徴となっています。ここでヒトのなかでも、日本人特有の属性を申し上げます。それは、味覚を捉える「味蕾」の数が西欧人より大幅に多く、味を感ずる生理基盤が豊かであるという事実です。この事実は、味覚と同じように、食材から得られる触覚(歯ざわり・口当たり・食感等)も重要視する感性に現れています。出演の料理家土井さんが、「食材を生かすという感性は、日本人特有だ」とお話されていましたが、このことを裏付けています。
兎)まとめ
➊ 食と性という趣向と、動機としてのエネルギー
❷ 舌というトレーニング対象出現 ※業界の新機軸
❸ あらためての、飢餓から視た飽食時代とヒトの「舌」