残された 「穴」

 戦後、第一回東京五輪を契機に立ち上がった、日本の”体育・スポーツ科学”も、JISSやナショナルトレーニングセンターの創設を以て市民権を得て来ました。それは、先進国家のどこでも言えるところの”スポーツ信仰”という宗教が、暗躍し下支えしている訳であります。どんな錯覚でも、「信は力なり」と申す通りに、それは盤石なのかもしれません。世界的なコロナ問題を経ても、揺るがない”教え”でありましょう。

 今回の「」は、研究対象のお話です。この領域は、医学の模倣からの運動生理学が中心的存在になっています。中でも金字塔は猪飼道夫先生が構成された、体力樹状図は正に教科書であります。筋力 パワー スピード 持久力 柔軟性 / 平衡性 巧緻性 敏捷性 協応性(??)といった用語群は、一見の専門用語として流布しています。付けられた各々の性状に測定法・器具が見出され、測定評価(データ分析)という科学性なる世界が展開されているのは今更であります。

 この事の是非論ではなく、斜線から右に書いたところの、平衡 巧緻 協応 を取り上げて見ます。第一法規出版の体育科学辞典では、一言「調整力」で纏められておりますが、名称の取り換えだけで一向に明確化(客観化??)が為されていません。当方の学童時経験では、調整力テストと称して、バスケットボールを用いての”ジグザグドリブル”の規定距離達成時間で評価された記憶があります。この運動性機構は、当然に複雑極まりないものですから、単純客観視点で単離抽出出来る筈のないことは事実です。故に、科学性が届かないのが実態になっています。ヒトによっては、共産圏のコオーディネーショントレーニングにおける、7つの因子なる知見を取り出すと想われますが、その歴史的背景(第一次世界大戦~第二次世界大戦におけるプロシア・ドイツの成立からヒトラーまで)を深く知るにつけ、漸弱さは否めないものと痛感します。そういった世界からの産物輸入から始まる日本の知性も、あいにくその枠組みに拘泥されたままなのであります。

 では、未来への科学可能性として挙げておけば、to be continue として業界は続くから良いとしてしまえば、肝の部分は放置状態で一向に進歩が見られないことになります。まさに書きましたように、「肝」であり、「穴」である、ヒトの直立2足歩行の機制解明が、あらゆる機能・認知・学習のボトルネックになっているのです。それに診れば、他の要素は枝葉に過ぎないと言えるでしょう。少なくとも、”ヒト平衡現象”は、今でいうところの「超学際」で取り組まない限りには実態は見えませんし、現状のスポーツ科学におけるバランス研究レベルでは到底掴めないと想われます。

 そうなのです!! 残された穴は「平衡/定位/巧緻(学習)」であります。

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