兵站と軍隊Ⅰ

 いかめしい表題かと思います。(兵站:軍隊の補給物資集積所、または機関)殆ど耳にしませんが、これを以って是非知っていただきたいです。軍隊の戦略・戦術、そして用兵計画を考える場合の基盤を為す部分で、古来は軍師、近代以降は参謀(作戦計画専門の将校)の範疇に入る領域です。世界的に診れば、中国の諸葛孔明プロイセンのクラウセヴィッツ、日本では、大日本帝国陸軍の辻正信、辺りが著名でしょう。ちなみに、ナポレオン以降の戦争の激甚化により、軍隊組織における参謀本部の独立が成っています。言い換えれば、大ボスの独断見識だけでは、巨大組織の客観運用が難しくなったということ、兵卒の消耗を重要視せずして、成果がおぼつかなくなったこと、の2点がその理由であろうと想われます。軍隊におけるこの変革が、プロイセンの地で起こったことは、『らしい』と言えるのかもしれません。我々の視点に飛ばせば、ゲルマンとノルマンの体術が世界に広まる起因ともなりました。そういう日本も、明治以降の陸海軍はその様式に浴していますので、徐々に紹介して行きたいと考えています。

 今回の具体テーマは、兵站で最も中核となる内容です。補給ですから、武器弾薬は当然ですが、兵卒一人ひとりの衛生・免疫/内臓力がより重要となる訳です。現コロナ禍下では、現代生活での衛生と免疫をあらためて突き付けられている故、身に積まされますが、集団生活が基本となる軍隊でも肝となっています。私の知る限り、自衛隊内でのコロナ感染は殆ど報告されていないので、『さすが』ということなのだろうと感じています。この領域は、感染症の流行でもない限り問題性が表出しにくいのですが、いわゆる”コンディション”の底辺に坐する重大事である割には、認識がぞんざいであるという事実です。直接に言えば、「トレーニングと免疫力」のことです。細かいデータは割愛しますが、高強度の運動負荷による体温上昇は、同時に生体免疫力の大幅な低下をもたらしています。感冒発症時の発熱現象と同様である、と知ったら、皆さん黙っては居られないと思います。人体自体、激しく運動することへの生理耐性は決して高くないので、必要以上の負荷は大きなストレスとして扱うことになります。自ら運動しよう、という趣向を持つのはヒトだけの世界なのです。近代スポーツの隆盛は結構な文化ですが、裏側の生体リスクは十分に理解した上で、現状以上の手当運用をしなくてはならない筈です。

 20数年前に『スポーツは体にわるい』加藤邦彦著 という本が出されたことを懐かしく思い出しますが、絶対的に一理あることでしょう。この書籍の論調は、過酸化脂質の脅威 に主眼が置かれていますが、その視点から言えば、オリエントの養生術や鍛錬法の多くは、低呼吸・低酸素への適応に導くので、非常に意味深とも言えます。ケネスクーパーとは逆、ということです。民族固有の生命観の違いは、このように現される訳です。ここはこれから切り開かれる新しい健康科学だと感じられますし、既に先鞭はつけられています。

Ⅱとして、内臓力を書きますが、このお話をする主旨は、”最強の目的達成集団”としての軍隊が最重要視している意味、をご理解いただきたいことに尽きます。

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