体操再考2

 引き続きます。

 体操(AG:artistic gymnastics)文化一つを紐解こうとしても、根の深さに圧倒されること必定です。wikiにも最低限に載せられていますが、表層感は否めません。また、欠かせない史学も薄くなりつつある今、実態把握は困難さを増していると感じられます。その探求に際し、当方も日々に巻き込まれていますが、視点の一端を書こうと想います。ここに於いては、運動学派も依拠するドイツ語圏が、体操先進地域として捉えられ、あたかも教科書のように常に焦点が当てられて来ています。研究者の多くもそこに拘泥し、「何故?」という疑いの視点を殆ど見たことはありません。この態度は明治以降の変わらぬものであることも事実です。いわゆる、ザルツマン/グーツムーツ/リング/ヤーン/ナハテガル/ブック のなぜ、なのです。少なくとも、近代国家群で最後進国家(民族)であるドイツ(:1871年ビスマルクによるドイツ帝国建設)に一体何を見出そうとするのか、果たして観念論哲学と弁証法がその唯一理由に成りえるのか、甚だ疑問が湧くばかりであります。では、ここを理解しようとする時のアキレス腱はどこにあるのでしょうか?読んでいただいている方にも、是非とも考えて欲しいところですし、大いに切り拓きディスカッションを交わしたいと考えています。

3分後・・・・

 それは、間違いなく日本人としての弱点とも言える「ヨーロッパ精神」の無理解が起因しているのです。航空機での安易な旅行とは裏腹に、精神的には彼方のヨーロッパなのだと思います。この点は、体操に限ることではなく、日本人感性共通の事と言え、現今の国家施策にも如実に露呈しています。更に言うならば、体操史とヨーロッパ精神を繋ぐものは何なのか、と進めば、弐もなく「騎士道」と答えさせていただきます。では騎士道とは一体何なのか、と探求は進みますれば、「他人の為に命を投げ出すこと」と超集約せざるを得ません。この騎士道精神は、欧州人の潜在意識に深々と根差しており、彼らの価値観を大きく支配している訳です。ラグビー種目で言われる”one for all all for one”なる表現は、典型的なものと言えるでしょう。また、具体的史実の象徴こそ、「十字軍の歴史」を措いて他にありません。十字軍と言えば、欧州史とキリスト教、そして神聖ローマ帝国と騎士団に直結する事態に至ります。この事情から、如何にして”ゲルマン魂”を診て取るのか??

 歴史の深掘りは一度止めまして、この精神性と寒冷白夜(特に北欧、北海道とロンドンは同じ緯度)が媒介した「ノルマン・ゲルマン体操」と置けば、ややの納得に近づくかもしれません。この意味するところは、寒冷による不活動と白夜による日照時間不足が創る「クル病」対策とリハビリテーションとしての”肋木開発”とすれば、支えになると思われます。事実、その意味合いでの”体操療法”は、教育以前の発想発端であったのであります。国内でも、数人の医者がこの時代の欧州知見を翻訳している足跡は残されています。総じて、貴族社会と自然環境が背景を育み、近代国家成立が体系化させるエネルギーであったことの事情を垣間見ることに繋がる筈です。

 体操とは何か? 尽きることはありません

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