「睡眠」という不可思議

 良い睡眠/悪い睡眠 深い睡眠/浅い睡眠 長い睡眠/短い睡眠 快眠/不眠 REM/nonREM 睡眠の質 仮死状態 無意識 等、あらためて多く取りざたされる昨今ではあります。それくらい悩む層が多い証拠でありましょう。。これは、捉える側面により、その実態像はいかようにも表現出来ますが、相変わらず掴み切れない生命現象です。せめてもの本能面から言う、三大欲求(食-性-睡眠)が最も落ち着きと説得力を感じさせると思います。また、極大視点で診れば、朝昼晩を創る地球自転そのままの現象であり、天体周期との同期こそ生命、との解釈がどなたも否定しえない中核に来るでしょう。しかし今回は、生活レベルでの事で考えたいと思います。

 通常の人間活動(教育・学習・スポーツ・仕事)における変化/進歩/発展/成果を問い、それらにエネルギーを注ぎ、身を傾ける時、多くが何をどのように取り組むかという点(:理性)のみに関心を向けて行きます。もちろん、即物的に見れば至極当然のことですし、私が解析したアメリカ心理学のGRITも、その内容ばかりです。では、ここで視点を変えて見ましょう。上記の活動を「陽」とした場合、それらを支える現象(習得 体得 記憶定着 心を費やす 沁み込む 回復 出会い 気付き 創造 適応 等)群は、全て「陰」であり、無意識・無自覚・潜在意識の成せる業です。決してどちらに優劣もありませんが、創るのは後者であることは疑いようもありません。GRITを診ても、その無意識を最も効果的に動員しうる方法である、という認識が妥当であろうと考えています。故に、この陰陽の活動バランスこそが重要であることにお気付きになるでしょう。もうお分かりの通り、睡眠こそが無意識の象徴なのです。

 では、どう考えるのか?

 活動と睡眠 意識と無意識 陽と陰 の対極の陰、すなわち、睡眠・休み・休憩を基軸に活動を考えて行くことなのです。生真面目な日本人特性として、働くために休む民族、と揶揄されるのは承知の上で、敢えて、ヒト普遍性に気付くことだと思います。近年のスポーツ活動の標語は、「ハードワーク」に定着しているようですが、これも考え方次第ということではないでしょうか。また同じく日本人特性の一つに、無意識現象への忌避感情が根強いところがあり、認識の般化を阻んでいます。フロイト用語には日常レベルで親しみならがも、それ以外は全く門外漢という実態こそは、これからの開拓余地と考えています。ちなみに、フロイトの主著には、「夢判断」という業績があることをご紹介しておきます。

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