出自 と 伝統

 厳めしいテーマです。

 とは言いながらも、ヒトの境涯に於いては常に切実な影響を及ぼし続ける性質のものでしょう。自己の中で、そこが充足しているのならば精神的満足の基盤と派生する自信、にもなり得ますが、不満足の場合には、埋め合わせようとする衝動が生涯つづくものとなります。そんな人間シーンを垣間見るにつけ、「ああ、やっぱり!」と嘆息つくのは私だけではないと想います。しかも、この現象は、一個人はもちろんとこと、民族・国家レベルですら同様であるとしたとき、生体のフラクタルを感じずにはいられません。一つの象徴例は、英国王室の寵児である、ジョージ・アレクサンダー・ルイ・オブ・ケンブリッジ王子(現7歳)です。ここに使われている、アレクサンダーは、ご存知、古代ギリシャ時代の英雄で、古代ローマ治世の手本ともなった理想的「将」の名前であり、また、ルイは、重厚かつ伝統あるフランス王朝の代表です。では、その王子の命名意図は、と問われれば、「羨望と回帰」しかあり得ないと感じられます。アレクサンダーもルイも、英国起源ではない事実、免れ得ないでしょう。一見、歴史・伝統・格式豊かな英国(完全に日本人観点!!)と映るかもしれませんが、それこそ錯覚と言えますし、自分たちがそれを最も自覚している様相、診て取ってもらえますでしょうか。時事で言うと、EU脱退もここに起因?? 以下に、良く聞く近似する横文字英単語を書きます。

identity:アイデンティティ

意味)身元 正体 独自性 個性 形態

多くの方は、単語として暗記しているかもしれませんが、この語をキーワードに、あらためて人間生活に於ける実態を知ると、違った視点が芽生えると思います。やや突っ込んで、日本語に意訳した表現も下記します。

心理的自己完結

 正直、名訳だと思います。この訳は、わが師よりもらったものですが、業界での専門用語としての運用にも耐える、完成度の高さです。納得された方は、是非とも使って見て欲しいと思います。では、「心理的自己完結」現象をせめて客観視しようとする時には、だれの力(視点と用語)を借りることが有効でしょうか? この問いには、色々と提案が出されるかもしれませんが、やはり フロイト そのヒトを置いては語れません。彼自身、精神分析における国家と個人、という視点を展開していますので、深堀希望の方は進んでください。

 話がここに留まるようならば、コーチングとの連関は見出しにくいと思いますが、決してそうではありません。この視点を、同盟国??であり、原子力爆弾による加害国家であり、今に至っては、憧れ国家😢である、米国(アメリカ合衆国)に向けたとき、更に、彼らの身体文化へ集中照射したとき、一体何が浮かぶのでしょうか?

是非とも、思考してください!

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