失敗の進化史

 人間という生物を識るために、進化史と動物に学ぶという態度は重要であります。端的に言えば、人間だけ診ていたのでは、人間は分からない、とも言えるでしょう。人類の知の歴史を視ても、ルネサンスに続くうねりとして、1859年のダーウィン「種の起源」に始まる”ダーウィニズム”は、今に繋がる近代眼を創っています。その間、諸説紛々ではありますが、視点基準を示したことは間違いのない事実であり、当然に我々も浴しているのです。そして、知のうねりは、現今の分子生物学におけるHox遺伝子まで尾を引いており、益々に拍車でありましょう。What is human?の旅は永遠です。

 ヒト科を比喩して、「万物の霊長」と言われますが、今回はそれを裏切るお話かもしれません。この診方は、ミクロ解析(遺伝子)では直感しづらい、解剖臨床と進化現象を合わせたときに浮かび上がるものであります。「失敗」と言うように、ヒトの2足性への改造は、霊長とは程遠い未完成品であるという実態なのです。進化様相を拓いてみると、それは決して計画的なものではなく、場当たり的の連続と言ったほうが適切と思われる程の無謀さも散見されます。特に、直立機制と臓器配置は、象徴と言えるでしょう。そこを成し遂げていることを称して、もちろん、「妙」とすることも出来ますが、人間生活における多くの愁訴を見、体験するにつけ、失敗の実感は増幅されてきます。以下に、その最たるポイントを挙げてみます。

1⃣ 上下に走る血の道 → 貧血 冷え性 エコノミークラス症候群

2⃣ 逃げ出す椎間板

3⃣ 脱腸の真実

4⃣ 肩こりへのスパイラル

総じて、垂直な身体の誤算 であり、身体的弱点とも言えるでしょう。その意味で考えるとき、強化改善もその裏腹として立ち上げてゆく必要性に気付く訳です。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

3 + two =