本当の ラストサムライ

 終戦75年の今夏、薄れゆく民族記憶に危機感を覚えながら、世相の変遷に想いを遣るばかりです。原爆投下の日、終戦記念日、メディアの創る戦争番組等が、思い起こさせるせめてもの機会となっています。戦時経験者:語り部の多くが逝く中、我々日本人としてのアイデンティティー形成には、決してゆるがせに出来ない歴史的体験の意味をどう堅持して行けるのか、経験者ではない世代が、精一杯の想像性をもって繋ぐ以外に手段はないと強く感じられます。

 今回ご紹介するのは、侍 さむらい サムライ 文化系譜の最後に来る『予科練:海軍飛行予科練習生』であります。予科練には、当時、年齢や兵歴等で、甲乙丙種がありましたが、一括総称で考えさせていただきます。今にすれば、忘却の彼方で死語に近い名称だと思いますが、”サムライ●●” と言った単語やイメージが、以降も我々に何かを彷彿とさせ続けるのならば、その歴史上の実質的ピリオドとして、あらためて捉えていただきたい群像です。youtube動画などで直ぐ聴くことのできる、軍歌『若鷲の歌』は即にこの当時にに入り込める、貴重な材料になっています。ちなみにこの曲の作者は、作詞:西條八十 作曲:古関裕而 という、日本歌謡史の重鎮であります。ここ数年、国内において、古関裕而さんが取り上げられることが増えていますので、そこと合わせて見ていただくと、歌ー国民ー世相ー思想 といった実態が浮かび上がってくるでしょう。少し拡大解釈すると、メロディー/歌詞/言葉 のエネルギーは、PRの源泉であること、そして、フロイトの言う精神世界を拓く重因子であることに直結して来ます。人間性解釈にも、非常に示唆のある現象です。また、写真(今は、画像)としての記録は、以前に動画で紹介した、『土門拳が封印した写真』倉田耕一/新人物往来社 に残されているものが最も良いものだと思います。”写真の鬼”と言われた土門拳氏が、海軍省からの依頼により写し取った「海軍の精神/時代精神」の実態描写は、百聞は一見に如かずのとおり、現場様相をまさにありありと感じさせる力があります。多くの素晴らしい作品の中でも、その表紙を飾る一枚は、当時の練習生:岡崎圭一郎さんが、”軍刀”を磨くシーンを写したものであり、正に象徴的と言えます。齢17/18で、自らの魂である”刀”に向き合い、真摯にこれ鍛える、という行為自体に共感されるのは、私だけでしょうか。事実、この写真は茨城県稲敷郡阿見町(霞ヶ浦の畔で、旧予科練訓練基地)にある、”予科練平和記念館”の入口正面に貼られています。

 歌に、写真に、文章に、と限られた資料群に対し、出来得る限りの洞察を働かせて、接近しようとする訳であります。今回から、数回に渡り書いて行きたいと思います。

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