ヒューマニエンス「”サイボーグ”遺伝子進化との決別か?」を視て

 天才手塚治虫の後を追い続けた石ノ森章太郎の傑作『サイボーグ009』に、正義・ロマン・可能性を魅せられた世代として、そのリアル時代の到来は”仮想は現実化する”ということを、肌で感じさせられています。このことを最も身近に扱うのは、まさに”パラリンピック”そのものであります。番組内で使われたキーワードとしての、機械・テクノロジーによる機能置換を駆使して、高い表現力にまで引き上げようとする様は、一見の進化と言えるのかもしれません。ヒトの発生より、様々なる道具の発明と利用が今に至る文化・文明・科学を創って来ていますが、その方向性が身体の「拡張」から、身体への「侵入」にも向けられ始めているのです。それは、今回のサイボーグ含め、IPS細胞/遺伝子操作などと同様のテーマとして考える必要性に迫られていると思います。以下、番組内でポイントと捉えた内容の感想を書いてみます。

テクノロジーと生態の一体化が意味された造語として サイボーグ(サイバネティクス✕オーガニズム)

neo human

 筑波大学山海教授(サイバーダイン代表)が、”AIとロボットによる身体革命”を乗せた表現として出した言葉です。今までにも、物の運搬時の足腰筋力補完や腰部保護の為の装着機械は見て来ていますが、番組内で紹介された、人間界での先端運用実態には驚かされるばかりです。特に、英国のALS(筋萎縮性側索硬化症)を罹患しているピータースコットモーガン氏の、摂食 摂水 排泄 呼吸 コミュニケーション:3Dアバター 目線表現 代読 に至る生存機能置換状態での延命には、開いた口が塞がらないような感慨を持ちました。テクノロジーの生存への具体侵入も、ここまで来ているのです。これらを説明するであろう、人類の長寿・延命への想いの強さを感ずると同時に、サイボーグ化潮流の不可逆性が確認されたようです。唯一ここで共有したい皮肉は、第一次世界大戦より本格化する、戦争における大量殺戮兵器としての爆弾が生む、身体損壊への治療とリハビリテーションがこの動きを形作った事実です。しかも、その切欠となったダイナマイト発明者が、アルフレッド ノーベル(ノーベル賞創設)なのです。

能力を超える

 現代サイボーグテクノロジーの主たる侵入先である、感覚神経とその置換でも、最も意義と価値が視えていると感じられた”人工内耳”であります。番組内では、外部振動を電気インパルスとして仲介し、蝸牛に伝えることによる、聴覚の獲得例が示されました。登場されたセラピストの方の、「秒針が聴こえる!」ことへの感嘆は、素晴らしいリハビリテーション成果の証であります。また、聴こえのオーダーメイド/楽しい音楽生活の再獲得等の演出は、デジタル時代の寵児とも言えるでしょう。大いに歓迎されるテクノロジーとして、更なる進歩を期待するばかりです。しかし、歓迎の裏で反証の態度も持つことは欠かせない筈ですので、自身の考えは提示しておきたいと思います。

➊『人間の生理・解剖という束縛からの解放』との表現に対する疑問

❷ 演繹・還元的身体観への過度没入態度 

❸ 遺伝子進化とサイボーグテクノロジーを並記する安易さ

❹ 倫理/哲学に勝る臨床力

❺ 人間の聴く、聴こえるという知覚現象は、電気インパルスの周波数に還元できるのか?

病を超える

 上記の人工内耳と同様、ドナー提供の限界性を補完する、選択肢としての”植込型人工心臓”の価値と可能性は、疑いようもないものであります。これこそは、臨床力以上の説明は不要と感じています。せめてここで議論したいことは、どこまで侵入・介入する、出来る、して良いのかの点に集約されます。具体的には、感覚器を越えた臓器問題であり、サイボーグ以前の移植も関わって来ます。今回挙げられた心臓は、動物存在の基盤であるため、即、『生死』とその扱いという重課題を突き付けられることになるのです。単純な、感覚器での電気インパルス置換では済まない領域までの侵入関与は、あらためての哲学・生命倫理からの「人間観の再確保」が課されていると、強く感じています。

自己を揺るがす

 ここでも、人工神経化というキーワードを中心に、脊髄損傷のリハビリテーション/ヒトのヒトを跨るインパルス共有/脳側坐核の賦活による”うつ治療”が紹介されました。一つ一つは納得するところもありながらも、ややの批判的意識が芽生えたことも事実です。共通することは、生態電気インパルスを媒介した、ヒト機能性・精神性への介入の難しさと、外在的ひとり歩きです。これらをより深く視れば、知覚ー運動連関を度返しした神経機能への還元と、その伝導可能性までの飛躍論議、過去のマッドサイエンティストを彷彿させる脳ー精神性への電気インパルス関与、などが頭をもたげて来ます。ゆえに、ここでも「持っている能力、持っていない能力の選別」と出されたように、介入の場と深さ・方法と、せめてもの哲学性確保が急務と言えるでしょう。総じて、ヒト生態の感覚・電気・神経特性のみに手掛かりを求める、サイボーグ時代が露わになるのです。ここを皮切りに、どこまで侵入操作し、機能が外在され、人間部品産業社会が形成されて来るのか、もろともに進んで行こうと思います。

★この時代性の中で、身体に関わる領域の方々の生態への認識背景は、最重要になると考えています。

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