ヒューマニエンス「”時間”命を刻む神秘のリズム」を視て

 いよいよ出ました!の時間論です。毎度のセンスあふれるテーマ選択には、誠に共鳴するばかりです。本テーマの時間こそは最も究極であり、好奇心をくすぐられているのは皆さんも同様かもしれません。以下、自身の注目した点について感想を書こうと思います。

 これからの進歩と解明の方向は、総じて”無意識”現象に集約してゆくものと想われます。それはそのまま見えない世界であり、エビデンスの存在しない領域でありながらも、粛々と生命を演出する膨大なるエネルギーを宿しています。近年において一部、認知性と言語 ゾーン 動物感性などで意識的な介入が為されていますが、これから更に拓かれてゆくのを待っているようです。今回の時間論は、古代よりその仕組みと影響を捉えようと様々な取り組みと成果の残されて来ていますが、変わらず翻弄されるだけの人間界であります。一つの例を申せば、日々チラ見するカレンダー(:暦)こそ、我々人間の時間観の最高表出物なのです。

➊ 体内時計

 番組内では東大上田泰己教授による、マウスの発生と変態を透明化して観察する手法が紹介されました。これは全細胞の変化動態を追える画期的なもので、分子生物学と関わってこれからの探求可能性を感じさせてくれました。ここでの肝は、脳内視床下部にある視交叉上核という、ヒトのサーカディアンリズムを一手に司る小さなターミナルに体内全ての機能が調和・シンクロしているという実態であります。これは大きく診れば、睡眠と覚醒の両翼に分かれ、生きることのリズム性に誘います。しかも、同様に”時計遺伝子”なるものも特定抽出されており、それが地球の自転・公転/月の自転・公転に同期していることは、正に、天体の創る回転エネルギーをからだで教えられる…ということに至ります。拡大解釈に過ぎると想われるかもしれませんが、この現象こそが、人間の生成化育/変化進歩発展、を起こす唯一の深奥現象である事実なのです。ゆえに、時間という我々を生かすエネルギーに、意識的に迫り、その質を問うことはあらためての重要領域になるでしょう。そのヒントは、睡眠に隠されています。

❷ 時計の狂い

 事の根源は、自転・公転により生ずる回転と引力、宇宙空間に放出される”光子”である様を疑うことはありえません。番組内では、シアノバクテリアの光子への反応/自転時間の変化への生体適応、が生物史の視点から紹介されました。見逃せないのは、その適応の自由度であります。それは、狂いと表現されていましたが、逆に言えば自由度・柔軟性とも診えるのではないでしょうか?航空機による移動が生じさせた”時差ボケ”と、そこからの調整、新たなる宇宙生活とサーカディアンリズム、同じ哺乳類熊の冬眠の不思議、等は一見の基準からの逸脱とも言えますが、見事に再バランスを果たしているようです。より足元を見れば、果たしてヒトは発生よりこの方、夜に寝る生物であったのか?という疑問が湧き上がります。原始の時代、家屋など存在しない中、夜間の危険は想像だにしないものであったはずです。そうなると、夜は安眠ではなく火を携えて警戒、せめてもの睡眠は昼間というリズムが考えられます。総じて、天体の申し子である生物も、狂いと調整の中で延命を図って来た姿が現れて来ます。

❸ 社会的時間の出現

 ヒトの認知性には、基準は不可欠です。その意味で、『測る』行為はそのまま文明化に繋がります。中でも時間概念は、体内時間に対して、体外時間であり、関係性・社会性を編む大事な基準となっています。では、人類史で初めて時間が意識化された事件は何であったでしょうか?

皆さん、すこし考えてみてください……

 これは答えというよりは、当方の提案です。おそらくその事件は、人間生活における『馬』の出現であったと想われます。古代、乗馬習慣・馬車などの移動手段が使われる前は、全てが徒歩と疾走でありました。その世界においては、移動能力/移動時間には大差なく、いわゆる速い遅いという認識はさしたる基準ではなかったと考えています。しかしここで、今で言う”車”同様の移動手段が現れれば、徒歩との差異は圧倒的で、同時に速度感覚が捉えられたでしょう。馬が最も活用された場は、正に戦争であり、この能力がギリシャ・ローマ世界を形作ったと言えるのです。これはそのまま乗馬訓練の絶対教材化、馬車レースの興行化となって運用されて来ました。現代の競馬も、ここに起源を持ちます。

 話を戻します。

 時間を測る慣習が更に表に出た機会は、英国産業革命です。いわゆる、細分化・効率化・合理化なる言葉と共に、労働管理が時間で為されるようになって来ました。現代日本でも当たり前のことではありますが、この潮流に本格合流したのは、明治後期ー大正ー昭和初期が、その時代であります。この時間感覚が我々にマッチしたのか、以降、時間を守る日本人が創られて来ました。もちろん、戦争への生産は、その起爆剤として働いたことは間違いありません。しかし、今となっては、この人工時間による拘束感がストレス源となり、生体バランスを崩す症状が多く見られています。ここから診て、地球との共鳴で営む自然時間と、人間が測る人工時間の狭間…という認識はあらためて確認保持しなくてはならないと考えます。

❹ 今という意識

 意識とは何か?未だに未解明なるも、今回のテーマ”時間”と強い関係を持っていることは間違いありません。ここの解釈には、現今のニュートン力学ではなく、せめてもの量子世界の視点が有効です。そこでは、4次元以上の現象が畳み込まれて存在しており、左から右という時系列のない世界と言われています。ゆえに、今という意識の中に、過去・未来・認識・判断・予測・夢・投機・経験等のあらゆる情報が詰まっており、逆に言えば、そのアイデンティティ/定位意識の崩壊が『認知症』に繋がります。このことは、ヒト意識の一端を現す貴重な視え、だと感じています。総じて、ここでは、さっき・あっち → 今・ここ → これから・あそこ という言語に含まれる、意識/時間/空間の意味に翻弄されるばかりです。

※身体教育・パフォーマンストレーニングを志向する方々へ言えることは、この時間・リズム?感覚という無意識感性への具体的介入は、とてつもない意味と効果性を秘めていることであります。

 

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