society5.0

 国が最近に策定した、人類史に於ける文化文明を区分する目安であります。

 以下、内閣府掲載文を添付しています。

Society 5.0とは

サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)

狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く、新たな社会を指すもので、第5期科学技術基本計画において我が国が目指すべき未来社会の姿として初めて提唱されました。

 こういった基準提示は、来し方行く末を嘘でも展望しようとするとき、有効に働くと思われます。少なくとも、ヒトの本源性に意を傾けることは、いつの世にも求められる行為です。今回は、上記文言内の黄色下線部を捉えてみます。

狩猟社会

 生物の存在動機は、「食と性」だけであります。全てはこれに突き動かされ、あらゆる人間的虚飾もこれを縁取る為だけとも言えるでしょう。形は変われど、現今の我々もその渦中にいます。故に、ヒトらしく人間らしく充実する生き方、などと並べたならば、この始原感性を賦活すること以外に方法はない筈です。より以前の進化相を垣間見ても、これを乗り越えるメタモルフォーゼであったことは生物的事実なのです。過度な貧欲による環境破壊も認めつつも、一見の合理性/コスパ/AI社会、一途の潮流に棹さす狩猟性(:野生本能回帰)という不合理感性を保持する努力は、現代こそその有効性が際立って来ています。また、狩猟行為はビーチコーミングに比して、大きな産物をもたらしました。それこそは、正に「認知革命」そのものであり、言語・絵画・神話・踊り・音楽に代表される営為なのです。その意味で言えば、AIという認知革命との連関も容易に見通せるでしょう。ここで私見を申します。動物性と投企性のバランスこそ人間とするならば、その均衡維持は為されるべきであり、教育こそが唯一、任を果たせる場なのです。現代における”逞しさ”とは何でしょうか??

サイバーとフィジカル

 この用語運用には、驚きましたが、この視点が市民権を得たと拡大解釈します。いわゆる、形而上/形而下、パトス/ロゴス、メタフィジカル/フィジカル、知/物質 の相補性が言われている訳です。学者陣では、アインシュタインとニュートン が当たって来るでしょうし、カミオカンデのリアルとも言えるでしょう。デジタルと宇宙開発の時代、堰を切ったように進むのかもしれません。これが、異、生身の人間指導・教育・コーチングにもたらされる時、メタフィジカル領域がもたげて来ることになります。言い換えれば、知・言語・認識・イメージ・意志・情動等、に翻訳され、見えないエネルギーの力を確信利用することに繋がるのです。その果てに気付くことこそ、あらためてのデカルトであり、デカルトからの卒業なのかもしれません。メタフィジカル礼賛!!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

2 × 5 =