進化・遺伝という歴史観

「点は、線に変わり、線は面に変わり、面は立体に変わり・・・」小理屈に見得る表現ですが、同じ話が美術絵画に於ける「一筆が、写実と化す」、西洋音楽に於ける「一音が、メロディーの源」、に視えることは自明であります。この事は、ヒト知覚性の仕組みを如実に物語っており、いわゆる普遍則に属しています。また、”部分と全体”との言葉を使えば、学習領域にも迫って来ると想われます。

いきなり抽象論から入りましたが、この則を、異、コーチングなる世界で考えようとする時、「歴史の重要性」が自然と浮かび上がって来ます。「来し方行く末」という言葉もあるように、焦点の当たる瞬間値(:点)としての今は、過去からの途切れることのない連続的線としてあり、未来にも続く?線であろうことは疑いようもありません。故に、今の現象を妥当に識る為に、その創る重層性を精一杯に把握しようとする態度は、仕組みに叶うことです。コーチングでの対象は、当然に”ヒト”でありますから、その今に至る歴史認識は必須のものであるでしょう。

一言に歴史と申しましたが、その枠は膨大であり、地球上での生物発生から2021年コロナ禍の現在まで、というスパンです。現今の学術領域に分ければ、古生物学/分子生物学/動物学/人類学/世界史、に振り分けられると思います。一見壮大で、押し潰されそうな感覚に襲われますが、せめてもの”ヒトを識る”作業は、ここにしか存在しません。ヒト現象を、出来るだけ立体的に捉えようとする努力なのです。良く認識し得た対象は、運用も自在になる訳ですから、コーチング効果性も大幅に向上することに直結する筈です。表現を変えれば、今の課題やテーマに関わっていると思われる因子を抽出する眼力が磨かれ、それがそのままコーチングサジェスチョンに変わり、実践介入成果に移る、といったことでしょう。この視点から申せば、今のエビデンス世相は、安易な瞬間値のみが跋扈しており、認識努力の深みを感じさせない”軽さ”が沁みて来ます。その軽さは、結局のところ、研究価値に跳ね返りますので、推して知るべしであります。

中でも特に思うことが、進化・遺伝含めた生物学視点の業界欠損です。万物の霊長?ヒトも、生物であり、動物であり、その進化足跡がふんだんに残された身心を宿に生きており、過去が現在を創るという言葉のままなのです。重層性は見えないようではありますが、影響度は計り知れないものであります。少なくとも、近代思想の3哲人(フロイト/ダーウィン/マルクス)は、百も承知の上での挙句であったこと、是非に押さえて欲しいことなのです。総じて、e₋スポーツ/データアナリシス時代とは言いながらも、同時に原点回帰としての本能・野生・動物といったキーワードからの視点の意味と価値は引き上がるでしょう。それこそが、知性のバランスの要諦です。

そういう自身は、脊椎動物としての「骨 ほね こつ ボーン」と、その機能性に当てているので、一文を載せさせていただきます。

脊椎動物の進化ヒエラルキーは、骨相こそ主役であります。骨相は、類/科/目に特有の機能を表象し、その実態を構造として見せてくれます。名付けるならば、動作可能性の標本と言えるでしょう。『ほねのちから』は、進化プロセスに残る動作標本をヒト科に適用しようとするものです。いわゆる、動物骨格に学ぶ、ヒトの動きの可能性になるのです。また、旧来の動物回帰術の多くは、その様式が形態模写に終止していましたが、古今東西の近代論理群の運用による実態描写と、動作における機能骨点の抽出が特長になっています。抽出された骨点は、ヒトの行為・行動・動作に際し、律動的に離合集散し、相互にインターロック状態を呈すると同時に、運動学習を効果的に媒介する身体言語として働き始めるでしょう。

◎論理を創る思想の三脚

◎landing drama(脊椎動物の上陸劇)

◎骨学の復興と体壁論

◎魚類と脊柱力

◎両生類の波打ち際生活

◎爬虫類・鳥類 → 恐竜 ※進化ロードの分かれ道

◎哺乳類誕生

◎ヒト科の属性

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