体操再考1

 眼の前に、「図説 世界体育史」東京教育大学体育史研究室編著:新思潮社1964初版 という書籍があります。内容は、世界の衛生・保健体育・身体教育・スポーツ教育の領域に該当すると思われる、資料群の収集成果というものです。私見として率直に言えば、2つあります。1つは、その収集努力への敬意、2つは、世界と言いながらの”エジプト/ペルシャ/インド/モンゴル/中華”の欠落感です。御覧になればお分かりですが、西洋地域(ギリシャ/ローマ/ガリア)と日本の2地域のみの扱いとなっています。集成されたのが1964年(第一回東京五輪)ですから、時代的気運に押された仕事でありながらも、収集限界のままに提出されたものでありましょう。特に、ギリシャ/ローマへの介入は未だ稀有なことであった時代を考えますと、当時の精一杯であったとは想います。しかしまた、ユーラシアの中核を抜いての”世界”表現は、過ぎたる判断ではなかったかとも考えています。

 事の実態を診ようとするときの歴史探求は、正に常道でありますので、この書籍も一つの貴重なる足跡として認識しています。

 今回お話したいことは、表題のままに「体操再考」であります。敢えて、日本国のみに照射するならば、江戸を経ての明治維新以降、富国強兵一途で遮二無二輸入した文化文明であり、英国・仏国・独逸国への傾斜は甚だしいものでありました。欧州自体も、近代国家間の応酬最中であり、そこに翻弄されたことは事実です。「拝外」の精神構造は、この時期に源泉が見出されると言えます。その大いなる流れの中から、身体文化に注目しようと思います。元来、養生↔導引 という中華から輸入された慣習で創られていた文化に、軍隊統制と教育訓練の目的で、「体操」が持ち込まれました。これは、統一統制にはもってこいの素材であり、瞬く間に軍隊を皮切りに教育機関にまで浸透してゆきます。その意味で、用語としての体育より、体操のほうが根深く、戦前生まれの日本人の多くは、体操で親しんでいます。この辺りの雰囲気や時代感は、映画「ラストサムライ」の描写は適切であると思いますので、その眼で再び観てみることも面白いでしょう。輸入先は、当初英国仏国であったものが、徐々にノルマン・ゲルマン(スウェーデン/デンマーク/ドイツ)に移行します。その結果、陸軍はスウェーデン体操、海軍はデンマーク体操、という型が出来上がったのです。この傾きは、そのまま日独伊三国同盟にまっしぐらという構図を示すことはお分かりのことと思います。しかし、軍隊の内実を申せば、武士道も堅持する意向もふんだんでありましたから、西洋体操と同時に講道館柔道と居合(軍刀に象徴)も導入しています。

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