ケーキの切れない非行少年たち

 2019年に新潮新書から出版された書名であり、著者は精神科医”宮口幸治”さんです。かなり売れたようですので、目にされた方も多いことと思います。今回は、この内容にまつわってのお話です。見ての通りの”不可思議”な書名ですから、当方もその違和感と、底辺の認知眼に誘われての購読でした。結果、現今の日本国における「学童 生徒 教育 学習 訓練 トレーニング 非行 犯罪等」の領域に巣喰う、根本問題を暴露しようとする大事な知見でありました故に、取り上げた次第です。また、ここで見出され実践投入されている「コグトレ」も、その効果性を感じています。もちろん、宮口さんは少年院で教育訓練活動をされている精神科医ですから、対象が非行癖の問題性を抱えていることは事実ですし、ADHD(注意欠陥多動症)LD(学習障害)ASD(自閉スペクトラム症)等の傾向の疑われる子供達でもあります。ともすると、この事だけで特別視しがちになるのが常ですが、やや俯瞰して診た時に、少年院という枠を越えて、”日本教育の縮図” が浮かび上がるのを感じずにはいられませんでした。詳しい内容に興味を持たれた方は直接書籍に当たることをお勧めしますが、ここでは私が最も注意を傾けた点を書きます。

 甲)非行少年に共通する特徴6

認知機能の弱さ → 見たり聞いたり想像する力が弱い

感情統制の弱さ → 感情をコントロールするのが苦手 すぐにキレる

融通の利かなさ → 何でも思い付きでやってしまう 予想外のことに弱い

不適切な自己評価 → 自分の問題点が分からない 自身があり過ぎる なさ過ぎる

対人スキルの乏しさ → 人とのコミュニケーションが苦手

身体的不器用さ → 力加減ができない 身体の使い方が不器用

 この6点は、宮口さんの提示されている内容でありますが、全ての中核に「貧弱な身体性と言語能力」が隠れていることにお気付きでしょうか。両者は、後天的な環境の中で生ずる教育・学習の産物であり、ヒトを人間たらしめる唯一のモノであります。これがある一定レベルまで充足されない時、云うとこの「非行」に繋がってしまう事実なのだ、と痛感しています。逆にすれば、両者の充実こそが、、、と解釈できると思います。そして同時の深読みをすると、それらは相補に関わりながらも、始原としての身体教育の最重要性に引き戻されることになるでしょう。哲学解釈を添えますと、「抽象化は身体を基盤とする」の一文が下支えする筈です。

 乙)教科教育以外は、ないがしろにされている

 児童・生徒・学生への支援は、学習/身体/社会の3点に注がれることでありますが、学校教育の現場の多くは、学習カテゴリにのみ過度傾斜するばかりで、その均衡は失われているという実態を報告されています。この事も、甲に紐づく人間未成熟状態を醸成させてしまう温床になっていることを十分に頷かせるでしょう。現代教育のデジタル化は、こういった人間疎外とも言える現象を更に後押しすることは、否めないと強く感じられています。

 これらの傾向は、身体の脆弱化と活字離れ に言われるように一般社会にも大いに診られることであり、決して少年院の非行少年のお話に収まることではありません。総じて意味するのは、日本人としての能力低減 への警鐘になるのです。その意味で、今一度、自らの身体性と言語世界 を見直す必要に迫られています。

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