西遊記 から 毛沢東 続々

 続きます。

 日本の神仏習合と同様、中華の道教・仏教の融合は、その民族精神性を写す重要な視点であります。お気付きの方もいるかもしれませんが、敢えて”儒教”を言わない理由は、儒教は宗教ではなく思想という枠組みで扱われるモノだからです。その違いは、儀礼や教典等、識別要素は多いですが、今回は割愛させていただきます。そして、その一大契機となった「唐」という時代は、中国史を診る大事なポイントと言えるでしょう。故に、李世民と玄奘三蔵は、絶対的キーマンになるのです。我々日本人にも馴染みの?、嵩山 と 武当山 は、その対局場と診えています。こういった中華史を他山の石と捉えがちなのが常ではありますが、丁度この唐後期時代に日本からは「遣唐使:AD804」として、「弘法大師:空海」が日本海を渡っています。空海が中華からもたらしたものの大きさを想えば、とても身近に感じられることなのです。

 せっかくですので、やや飛躍して、中華史を押さえるための渡り石を書きます。

周(BC1000)→春秋時代→戦国時代→秦(BC221)→三国志(AD220)→唐(AD618)→宋(AD960)→→→元(AD1271)→中華人民共和国(AD1949)

 本当に渡り石ですが、中華を形作る、歴史上有意な時代を挙げています。宋までの時代は、皆、漢字文化が隆盛を極めた時期であり、文化産物としての言語による知的営為は、現代人を震えさせるようなものばかりです。実際、テーマにした唐の肉声などは、著名な「唐詩選」に収められていますし、興味ある方は、陳舜臣著「唐詩新選」を参照くだされば、分かりやすい解釈文が付けられていますので、理解を助けてくれます。

 唐の時代に融合化された宗教形態と慣習は、以降、形骸化しながらも、毛沢東まで引き継がれています。共産主義がどうして?と思われるでしょうが、事実、彼の著書に「体育の研究」という足跡があり、国家民族の体育科目として”太極拳”を推奨しています。しかし、文化大革命(AD1966)により、中華の過去の文化営為を自ら否定したことは、記憶に新しいと思います。現中国の朝、公園でなされているものこそ、毛沢東時代に創られた「簡化太極拳」なのです。蛇足ですが、こういった動きと、日本柔術も大いに関係していることをお伝えしておきます。

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