エアロビクス

 今となっては、一般和製英語(:aerobics)と化している言葉で、含意は、”有酸素ダンス” が当たらず遠からずだと思います。所変わって、生物学からの見識で言えば、好気性代謝 の総称で扱われています。

 少し歴史を振り返ってみます。原点は、18世紀中旬、フランスのラボアジエによる「酸素」の命名と、呼吸現象の解明が挙げられるでしょう。エネルギー燃焼・代謝といった概念はここからです。時代は正に、「産業革命」の只中であり、人体機械視的な学術(科学技術)が勃興して来ました。そして、その人体内燃焼媒体である、”酸素”の出納状態を「量」で測ろうとしたのが、ダグラス その人であります。もうご存知のとおりの「ダグラスバッグ」の登場で、時期は1911年が言われています。ダグラスバッグの発明は、人体のエネルギー代謝理解を大幅に押し進めることとなり、その発想は現代の”呼気ガス分析器”に引き継がれています。今でこそ、データ収集の簡易・利便性の面で主流からは遠ざかりましたが、未だに使われていることも事実です。自身も、ダグラスバッグ世代ゆえ、懐かしく感じられる器材の一つになっています。

 更に流れを搔い摘みますと、ダグラスバッグ発明より10年後の1922年、スウェーデンにオストランドが誕生します。オストランドは、この側面で日本人が最も影響を受けた学者ではないでしょうか。第一回東京五輪を切欠に巻き起こる体育・スポーツ科学の研究シーンで、「モナーク社」の負荷漸増自転車とダグラスバッグはセットで使われて来ました。モナーク社は、スウェーデンの有力自転車メーカーであり、もちろんに現存しています。これに前後して、いわゆる、「最大酸素摂取量」が有気的最大作業能の基準値として、生理学内での運用が本格化します。こう書きながらも、”スポーツを科学的に!”という標語を旗印に、猫も杓子も、測定をした記憶が蘇ってきます。

 しかし、この用語と認識が、より一般化するには、もう一つの大事なステップが踏まれる必要がありました。それは、冷戦と宇宙開発、そして疑似戦争としての近代スポーツの3者が、融合された中で生み出された”エアロビクス”概念と方法論の出現です。立役者は、ご存知の ケネスクーパー(1931年生誕) その人であります。所属は米国空軍軍医でありました。時代は、人間生存圏の ”空” ”宇宙” への本格的拡大を迎え、そこにおける生理耐性研究に拍車が掛かっていたのです。最たる必要性は、月面着陸に象徴されており、「生物と酸素」の関係が、より注目されました。その知見を直接的にスポーツ界に導入したのが、”クーパー走”であり、今では”マルチフィットネスステージ:シャトルラン”がその位置を占めています。この直線的な歴史に弾みがつく編曲は、リズムとの融合による ダンス的運動 への転換であったと思います。フィットネススタジオでのエアロビクスなる課目は、その最終成果物になっているのです。しかも、そのリズム理論の出典は、ダルクローズです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

17 + 9 =