動物回帰

 近年、運動処方におけるテーマとして、”動物回帰”がブームのようです。国内海外含め、多くのプログラムを散見するようになりました。この傾向は、身体業界での科学万能主義という思想一辺倒からの脱却、を意味するものと言えます。故に、大いに歓迎されることですし、発展進歩の材料となるでしょう。当然に根底発想として、進化論を是とした「what is human?」の問題提起があり、それが人間しか診ない態度からでは捉えられない知見を多く与えてくれるのです。少なからず、今までとは異なった見え方をしてくることは間違いありません。また、予想外の革新的な効果を生み出すかもしれません。知的冒険の醍醐味は、ここに存在します。

 しかし、ここからが問題です。一概に動物と言っても、どの「網」「目」「科」「属」に焦点を当てようとするのか、その動物のどこに注目するのか、どんな要素を抽出するのか、それが現生人類のどこに宿りうるのか、等の目付が非常に重要になってきます。研究的に言えば、デザイン です。ヒト以外の殆どの動物は四足移動なので、ターゲットになるケースは多いですが、四足動物の感覚器/内臓/筋/骨格/形態/動作/習性、等の何にキッカケを診るか、興味をそそるところだと思います。少なくとも、直立二足歩行との直接的比較はそこから始まるでしょうから、人間探求のキーポイントであり続けます。

 逆にすると、適切な掘り下げ視点を通しての回帰でない”形態模写”論は、あまり意義を見出さないと想われます。人間の感性は、即物的なことが特徴ではありますが、この場合には脱ぎ捨てなくてはなりません。この事は今に始まったことではなく、人類史の中でも繰り返されて来ています。例えば、我々も研究する『華佗:五禽戯』などは、ヒトに動物性を照射して診た古代の貴重な文化財、です。しかし、その華佗の云わんとした五禽(虎 熊 鹿 猿 鶴)を正確に描写することは限りなく難しい状況です。その理由は、後漢の時代性、東洋外科医華佗、の視点には戻れない故です。そうではあっても、今に至るまで数多くの五禽論が提出されて来ていますが、多くが形態模写術に終わっている事実です。形態模写で養生が成るならば、これほど楽なこともありませんが、実態はそうではないと感じられています。歴史は繰り返すと申しますが、その轍を乗り越える動物回帰の潮流を、AI時代に歩調を合わせながら創造することは、正に有意義だと思います。

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