極性視点

 解剖論での極性視点は、格好の解釈法であります。リアルな解剖臨床の場と、抽象の最たる世界である「陰陽論」の相性は、これ以上ないくらいのものです。東洋医学??(→正確なる定義の必要性)の発想基盤であることを考えれば、当たり前とも出来ますが、ルネサンスを標榜するとき、あらためて取り上げ直すことは有効だと思います。近年で言えば、”ホリスティック:全包括的な”という、ギリシャ3哲の一人(アリストテレス)由来の用語で扱われていますが、その発想と近しいと言えるでしょう。陰陽極性の簡易解説をしますと、「宇宙空間に現象することは全て、二極の事象を持ち、双方の連関により一体化して表出する。故に、現象の実態を解明しようとするにあたり、その極性と創る関係性を示すことは、太極を掴むことへの普遍則である」といった表現が、遠からずだと思います。

 これらの診方は、過去のブログで内臓力を取り上げた時にも書いていますが、そのまとめになる筈です。

陰 受動的性質 闇 暗 柔 水 冬 夜 植物 女

陽 能動的性質 光 明 剛 火 夏 昼 動物 男

といった自然界の相反性を言ったものであり、この視点を生物解剖の重要なる部分に適用すると、植物性器官としての内臓世界と、動物性器官としての体壁世界の双極へ分けることが出来ます。この二極は、そのまま進化プロセスを踏襲した流れの関係であり、「個体発生と系統発生」を言ったヘッケル解釈を適用します。言い方を変えると、我々人間生命の中に、植物的性質が残されており、無自覚ではあるものの、生存における”陰”の働きとして絶大なる影響を残している、ということなのです。陽に比べて、陰は目立たない属性ではありますが、全ては陰次第という太極のカオス実態を知るにつけ、今更ながらの着目する時代の到来が、ひしひしと感じられています。植物と言いましても、木や草を当てているのではなく、その根幹機能である「食と性」を診たものであります。まさに生きていることの基盤であり、生かされる力、がより相応しいと想われます。より接近した言い方に変換すれば、「心と呼吸と体温と」となるでしょう。

 人間 ヒト 哺乳類 の生物としての能力を、存在の太極から捉えようとするとき、陽である”脳/神経/筋/骨格”を生かすも殺すも、陰である”内臓(呼吸/消化/内分泌/泌尿/生殖 ※循環器は入らない)との連関と調和から見解いてゆくことの絶対性をお伝えします。 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

two × five =