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 「言語学」と言ってしまえば、それまでのことなのですが、全くに解決の付かない巨大なテーマです。言語化行為に潜む、その深みや重篤性は尽きないながらも、格闘を要する研究領域になると思います。言語の力が、近代文明の全てを創っている実態を知るにつけ、その事実をなるべく包括的に捉えることが、実態を縁取る唯一手段でありましょう。現今の国内俳句ブームは、メディアの焚き付け発端とは言え、AI化一途の流れのなかで立ち現れた、歴史の修正力 だと感じています。ちなみに、俳句自体の特性は、言語表現における抽象度が最も高い運用法ですので、日本語の訓練にこれほど有効な教材はありません。自戒含め、手習い初め を想う昨今です。言語認識の運動性は非常に激しく、時代性と共に年々変化し続けます。和製英語との融合/簡略化/「ら」抜き言葉等、その変形先は正に五里霧中であります。しかし、せめてもの『民族アイデンティティ』に属する継承は、価値ある行為であり続ける筈です。

 世界視点で診れば、その猟渉の業績著しいのは、ベルリッツが中るでしょう。父:マクシミリアン ベルリッツ/息子:チャールズ ベルリッツ と、親子共々に言語学者であります。日本でもおなじみの、あのランゲージスクールの創始一家で、その天才性は特筆するものがありました。事実、彼らは一人で数十か国語をマスターし、同時に言語毎の文化背景を調査することを通じて、その裏に潜む人類共通的言語観を洞察しています。その俯瞰性は、ベルリッツ世界が唯一のものかもしれません。息子のチャールズが書いた「世界言葉百科」は、読みやすい内容でありながらも、その博学性を十分に感じさせてくれる書籍です。少し内容をご紹介すると、我々の旧大日本帝国海軍の暗号機「紫」の話を例に引き、一つの言語形式である暗号が、大国の盛衰にまで影響するという事実を書いています。これも、言葉の力 の象徴と言えると思います。また、古代言語の研究に起因して、遺跡や迷信探求に進んでゆく姿は、生粋の冒険家の生き様です。トロイのシュリーマン エジプトのカーター と並ぶトリオとも出来ると思います。

 言語を考えるに際し、当然に内容に応じた意味認識が付帯します。ここで確認しなければならないことがあります。「存在と認識」は、哲学領域で最高峰に来るテーマであり、永遠のカオスであり続けるということです。あまりにも有名な、「I think I am:我想うゆえに、我あり」は正にその代弁です。しかし、このテーマはギリシャに限らず、インド哲学に於いても瞑想:ヨガの中心教義になっています。故に、ヨガの実際は、一見の柔軟体操に意味は無いのです。業界を壊す気もありませんが、事実は事実として捉えておくことは大切だと思います。次に来るのが 言語 となる訳ですが、それを捉える為には、少なくとも”意識”現象から輪郭を見出す必要があります。まどろっこしいのは重々承知の上で、意識論に着手です。

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