古武「術」「道」研究の世界

 ”古武術”なる言葉が現代に流通して、それなりの時間が経過しています。この事も、歴史の修正力、なのかもしれません。やはりヒトの感性も、理学一辺倒では窮屈さを感じるということでしょう。くしくも、明治の文豪:夏目漱石が、『精神分析じゃ、こころは書けねえ』と言ったのは、正にこの事であった筈です。我々日本民族の”アイデンティティー”が此処にあるとするならば、和魂洋才は不変だと感じています。個人的には、当時の”日本バイオメカニクス学会で、甲野善紀氏が槍玉に挙げられていたことが懐かしく思い出されます。この奮闘は、一つの火付けになったでしょう。しかし、今回書きたいことはそこの危うさ、についてです。

「古 武 術/道」とは何か?

 この問いを受けて、自信を持って答えてくれる方が、果たしてどのくらいいるでしょうか?または、この言葉に対して、多くがイメージする対象は何でしょうか?武術/道が、これほど分節化 ルール化 スポーツ化されてしまった今では、その原型なり実態なりを正確に洞察することは、非常に困難なことと思います。GHQが、いの一番に葬ろうとしたからかもしれません。そうであっても、対象を当てて議論しようとするからには、存在を定義しなくては運用が出来ない、ので非常に大事な作業だと考えています。

 その為に、語義を分解します。第一に、”古 いにしえ”をどこに設定するか、いわゆる”昔 古い”という場合、どの時代に焦点を合わせようとするのか、明治ー江戸ー室町ー鎌倉ー平安-飛鳥 を明確にしてみたいのです。時代性の描写は、何に於いても外せない開始点です。その心は、時代の許した条件(道具/武器/戦術/戦技/思想)が、「武」「戦争」「戦闘」の様相を左右する一大因子になるからです。例を申せば、日本刀への美意識は生死を賭する必要性の無くなった、江戸時代に生きる武士階級のナルシズムの象徴、とも出来る訳で、決して実戦での殺傷機能を追求した形態ではないでしょう。それが、居合道を創り、芸者剣法なる方向へ進ませたことも事実だと思います。抜刀 納刀の巧みさに潜む鋭利な身体運用性も素晴らしいと思いますが、art と言われてしまう原因は、その辺りにあるのかもしれません。

 時代ー時間とすれば、同時に空間ー場も同様で、日本の文化材に当てるのか、ユーラシアの文化材を取り上げるのか、定義定位の双璧になります。日本武術/道とはいえ、独自の醸成とはいえ、大陸ルーツは間違いないことなので、いにしえに帰る先の中でも、大事な場であります。お隣の中華 モンゴル 東南アジア インド ペルシャ エジプト アフリカ バルカン等、全てと繋がり、受け継いでいると言える日本文化ですので、着陸地点も決めて掛かる必要があります。

 関連するいくつかの例を挙げます。この往来に身を投じた先達(故人)松田隆智さんは、日本柔術と中国拳法へ挑戦された稀有な方で、その文化間にある質的変遷を肌で感じていたと想われます。その様相を知的・臨床的に著された文献は、貴重な知見と言えるでしょう。また、正に現代の中では、大相撲界を席巻しているモンゴル勢の姿に何が感じられるでしょうか?草原と乗馬、馬乳酒で育った背景/一念発起の日本相撲留学/大使的使命 等、ならではの実態から、白打の系譜が滲み出て来るようです。もう一つは、マラカンブをご紹介します。現在もインドで盛んに行われているもので、地中に埋め込んだ木柱 上から垂らした縄/カーテン に、しがみつき、ぶら下がり、ひっかけ、巻き付き、登り、支え、といった正にアクロバット様の体術です。それが、サーカス ヨガ ダンスなどと混同されながら、輸入されている昨今です。歴史的には、校庭の登り棒 体育館の登り綱、日本忍術の捕縛術~警察の逮捕術に繋っています。

総じて、どの時代の どの場に於ける「古」を指すのか。古武術/道を論ずるに外せない手順だと考えています。

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